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学校であったこと(保護者のきくたろうさんより)

2020/09/28

きくたろうです。

 

今回は息子が適応障害になり、不登校になってしまった原因についてお話したいと思います。

 

息子が小学校に就学した時、制度に基づいて、本人に対して配慮してほしい事項について、綿密に記した書類を学校に提出していました。

 

内容をかいつまんで申し上げれば、繊細なので配慮してほしい、例えば、強く叱られると全否定されたくらいのショックを受け、結局パニック状態になり指示も入らないので逆効果であること。愛着のある母や担任から叱られた時は、より大きなショックを受ける。そして、プライドが高いので、人前で叱られるとストレスが大きい。人のツバキへの嫌悪感が強い、など。

 

1・2年の担任の先生方は、この書類に基づいて、私共・親との連携も密にしながら、途中、色々ありつつも、解決して行く事によって、息子も普通に学校に通えていました。

 

息子は、幼少の頃か、学年や男女のさなく人から好かれる子で、我が家には友人達が、誰かしら常に遊びに来てくれてにぎやかでしたが、3年生の後半からは、学校の友達がぱったりと遊びに来なくなってきました。

 

3年生を担任した、教員になってまだ2年目の男性教諭は、先の書類の内容や前担任からの引継ぎは受けていますと(のちに)言っていたにもかかわらず、その内容をことごとく踏みにじり、正反対とも言える問題ある不適切な“指導”を度々行う事によって、息子を、死の恐怖が付きまとうほどの極度の不安状態へ落とし入れ、こわい担任に同調したクラスメートも離反、ついには適応障害そして不登校へと追い込んだのです。

 

3年1学期のころは、この担任から、頑張っていることや成長が感じられた出来事、ストレスに感じたかもしれないクラスでの出来事など月に4~5回位は電話があったかと思う、だから信用していたのです。2学期以降、ぱったり電話が無くなっていたのも、きっと問題が無いからなのだろうと思っていました。

 

以後、後から判明した事もおりまぜてお話しして行きます。

 

ターニングポイントとなった出来事は、5月、クラスごとにまとまって近所の公園まで校外学習に出かけた帰りの事です。

息子は、道で拾った針金をぶらぶらさせながら歩いていました。そうしたところ、その針金が道沿いの住宅の車にかすり、髪の毛ほどの傷をつけてしまいました。本人は当たったことに全く気付いてなかったのですが、見守り当番の付き添い保護者の方が学校へ連絡してくれました。(当然、こちらが悪いのでその夜に親子で謝罪に行き、その後もお詫びのやり取りを重ねました。)

 

この事件の後、副校長か学年主任かの学校側から、「担任にもう充分叱られて結構泣いたので親御さんからは強く責めないで下さい」と言われました。私共は、叱られて当然の出来事と考え、その時はご迷惑をおかけしたとの気持ちで本当に申し訳なく思ったものです。

 

しかし、どのように担任が叱ったのか、後で知った事ですが、学校に戻り、事件を知った担任は、息子を人気の無い所に連れて行き、胸ぐらを掴んで強くひっぱって揺さぶり、ツバキを息子の顔いっぱいに飛ばしながら大声で怒鳴りちらし、大泣きするまでとっちめたとの事。(1年ぐらい後に息子から「あれが胸ぐらをつかまれた最初」と打ち明けられました。一方、のちの学校側の答弁では、「担任は胸ぐらを掴んではおらず、肩を強く掴んだだけ」との言。)

 

さて、この担任ですが、公開授業ではとても丁寧な言葉遣いで生徒に接し、親の私も感動すらしたものですが、普段の生徒と自分だけの場では違っていたのです。“担任の先生はだんだんすぐキレる怖い先生になってきて、クラスのみんなは先生の顔色を見てびくびくして神経をとがらせて緊張していた”との事。息子が言うには「(担任の先生は)チンピラみたいな言葉を言ったり、威嚇する。(クラスの)みんなも(そういう言葉遣いを)真似するようになってクラスが嫌な感じ」になって来たと。最初はそんな言葉をあまり気に留めていなかったのですが。

 

過激で不適切な“指導”は続きます。こんな事もありました。

図工の時間、息子の絵筆についていた絵の具が飛んで、隣席の女生徒の画用紙を汚してしまった事がありました。そのとき担任は激高し、「(その子に)土下座して謝れ」と強要。その子は「そこまでしなくていい」と言ったにもかかわらず強要、ついには土下座させられた。

 

クラスで級友に突然、後ろから背中をごしごしこすられてびっくりした息子は「気持ち悪い」と言ったら、たまたまその発言を聞いた担任は、「友達に向かって『気持ち悪い』とは、何だ」と激高、またまた息子の胸ぐらを強く掴んで壁に頭を打ちつけて怒鳴りつけた。

 

不適切な“指導”は続きます。

そもそも息子は一斉指導や集中が苦手で、皆とそろって同じ事ができなかったりする場合があるので、色々な場で注意されがちです。

担任はもしかしたらそういったイライラがたまっていた可能性もなくはありませんが、それにしても、その指導法が不適切です。

 

担任は「みんな~注目~」とクラス全員を息子に注目させた上で「これは悪い見本だから、こうならないように」という公開処刑的なやり方をたびたび行ないました。

 

また廊下に長時間立たせたりの見せしめ的なやり方を重ねました。

 

こういったやり方でたびたび“叱られる”息子を見て、まだ3年生の級友たちは、担任をマネて、息子を低く扱って良いと思うようになって行きました。

例えば、担任が、クラス全員に向かって「このクラスの中でひとりだけ出していない人がいる」というような事を言うと、(本当は息子では無いのに)級友のほぼみんなが「またアンタでしょう」と言わんばかりに一番後ろの席に座っている息子の方を振り返って一斉に見る、そういう事が度重なるようになって行きました。

 

息子は、担任への恐怖だけでなく、級友へも恐怖をいだくようにもなって行きました。

この頃、すでに、辛くてくやしくて毎日、クラスで泣いているようになっていました。(のちにこの担任自身も⦅この頃、息子は⦆「毎日10分ぐらい泣いていた」と答弁。この毎日泣いている事について、担任以外のスクールカウンセラーや学年主任等の教員たちも気が付いていたにもかかわらず、「ずっと見守っていました」という美名のもと、放置していたのです。せめてこの頃に教員の誰でも良いから、親に報告してくれていれば、、死の恐怖がつきまとう程の生き地獄におちいらずに済んだのではないかと。)

 

3年生の後半にはほとんど級友が遊びに来ることも無くなりました。

 

この担任の卑劣さを示すエピソードもあります。

何度も胸ぐらを掴んで来て嫌だったのである時、息子が、「胸ぐらを掴まれる事は嫌だから校長先生に言いたい」と勇気を出して訴えたら、それに対して担任は、

「そんなことをしたら先生(という仕事)ができなくなるから、駄目だ。」と息子を脅してきたのです。

それで恐れた息子は、のちに母に対して担任から胸ぐらを掴んで怒られる事を打ち明けてしまったことで、「先生に見つかったら殺されるかもしれない」と恐怖におびえるようになり、学校に近づくことさえ出来なくなったしまったのです。

 

こうして、息子の心身はさいなまれて行った訳です。

 

今回はこの辺で。